いつかまた、青空の下で。

奈良、関西、金沢、東京と生活の拠点を移しながら、様々なよしなしごとを綴ります。

さらば!金沢(後編)

特急「北陸」の特急券と記念品あっという間に時間が過ぎ、ついに3日目、25日になりましたが、相変わらず荷物は片付かず、しかもゴミが大量に発生する始末です。私が住んでいたマンションは燃えるゴミ用のゴミステーションはあったものの、燃えないゴミや容器プラスティックその他のゴミは地元の自治会のゴミ捨て場に捨てなければなりません。当然のことながら、月に1回や2回しか回収がないため、ゴミステーションがなければ、その場所においていくわけにはいきません。

しょうがないので、昨日借りたレンタカーで直接リサイクルセンターまで持って行くことにしました。金沢市の場合、2カ所ゴミの管理センターがあるのですが、容器プラスティック、金属、PETボトルや空き缶は管理センターに直接持ち込みすることができます。ただし、4月からは土日しか持ち込みができなくなる、ということで、本当にラッキーでした。

ところで、私が住んでいたマンションは、24世帯ほどの主に単身者向けのマンションですが、燃えないゴミ用のゴミステーションがないので、住んでいるときは結構苦労しました。やはり、ある程度の規模のアパート・マンションには設置を義務づけていく必要があるように思います(もちろん、現在もあるのでしょうが、設置基準をもっと低くする必要があると思います)。また、マナーが悪い人がどうしても出てくるので、記名の袋を使用する、専用の袋のみ認めるなど、大都市で現在行われ始めている制度を地方都市でもやっていく必要があるように思います。

このようにゴミを捨てに行ったり、もう一度生活創庫に物を売りに行ったりしつつ、ひたすら段ボール箱に詰めていく作業を続けたのですが、段ボール箱に詰め終わったのは予定の飛行機に間に合うぎりぎりの時間でした。それから段ボールをレンタカーに載せ、中央郵便局にまで持って行き、配送の手続きをして、レンタカーにガソリンを入れ、返却の作業をしなければなりませんでしたので、結局飛行機には間に合いませんでした。しょうがないなあ、と思いつつ、バスで帰ろうかと思うと、バスも満席とのこと。最後の手段としてみどりの窓口に並んで聞いてみることにしました。すると、ちょうど今日から寝台特急「北陸」が復活し運行するので、それなら空いている、とのことでした。寝台特急なら横になれるし楽かなあと思い、「北陸」で帰ることにしました。

金沢駅周辺で時間をつぶし、駅の改札をくぐったのは午後10時の5分ほど前でした。ホームに行くとすでに「北陸」は到着していました。しかし驚いたのはカメラを持って「北陸」を撮りまくっている人がたくさんいたことでした。車両自体は新しいものでもないし、復活、と言っても運転休止していたのは中越地震の影響ですから、普通の人にとってはそんなに感慨はないように思うのですが、鉄道が好きな人には特別なことなんでしょうね。ただ一つだけ閉口したのは、私の席は1号車の15番下、つまり、列車の一番後ろの車両の一番後ろの席だったので、フラッシュをたかれまくりで金沢駅を出発するまで全く落ち着けませんでした(苦笑)。そして、午後10時15分(実際にはサンダーバードとのかねあいで出発は少し遅れたのですが)、私の金沢生活は終わりを告げました。列車が動き出すとまもなく。車掌さんから運転再開の記念品を頂きました。中身はトラベルセットでしたが、私にとっては金沢生活最後の記念品、となりました。

ちょうど4年間の金沢生活でしたが、いろいろありました。自動車がないと生活するにも大変だったこと、関西人からみると滑稽にすら見える「金沢ブランド」に対する自信過剰、よそ者に対する風当たり、雪の中の通勤、などなど。個人的には今でも金沢は観光で訪れる街であり、よそ者が長く住む街としては必ずしも適していないと思っています。正直に言って「金沢ブランド」は少しイメージが先行していて、少し金沢で生活しているとがっかりすることも多かったのは事実です。観光地と言ってもイメージほど見所は多くなく、見物する場所も(少なくとも関西人にとっては)そう多くありません。食べ物に関しても加賀料理が食べられる料亭ならともかく、普通の海産物なら金沢の周辺都市のほうがリーズナブルに食べられることも多いですし、温泉も周辺都市のほうが豊富です。

また、金沢の表玄関である金沢駅も観光客にとって使い勝手の良い構造になっているとは思えません。3月20日には「もてなしドーム」と名付けられた大きなガラスドームを含む東口整備事業が完成しましたが、ドームはデザイン重視で必要以上に高さがあってだだっ広く完全に風雨を避けきれませんでした。また、せっかくJRを高架にしたのに、駅自体が東西を完全に分断し、バス乗り場やタクシー乗り場が東口と西口双方にある状況で、観光客には非常にわかりにくい構造になっています。せめて、統一したバス乗り場があれば使い勝手はかなり違ったのに、と思うと残念でなりません。

ただ、こんな不満や不平をずっと抱いていて生活をしていたにもかかわらず、いざ金沢を離れるとなるとやはり寂しさを感じたのも事実です。職場の同僚は文句なく最高でしたし、仕事自体は非常におもしろいものでした。白エビやガスエビといった、北陸でしかあまり食べられない海産物も食べられましたし、雪の中での生活も人生の中で貴重な体験だったと思います。上に書いたような改善点が修正されていくことを望みつつ、次回からは一観光客として、金沢を訪れてみたいと思っています。